群馬県  
 
 
  伊香保温泉(渋川市伊香保町)  
 
 
  群馬県を代表する温泉・伊香保温泉が発見されたのは1900年前とも1300年前とも言われ、万葉集にもその名が登場している。温泉街が整備されたのは戦国時代で、武田勝頼が当時上州を支配していた真田昌幸に命じ、長篠の戦いの負傷兵の療養場所として整備された。温泉街を貫く石段街もその時にできたと言われる。  
 
 
   
  伊香保温泉・石段街(渋川市伊香保町)2018.06.09    F6   
  「いらかぐみ」の年1回のオフ会がこの年は伊香保温泉で開かれた。実は群馬県でスケッチするのは今回が初めてで、これで全国47都道府県のスケッチが全部揃うため、その点でワクワクしながら参加した。伊香保温泉と言えば365段ある長い石段の両側に温泉街が広がっている。東京・新宿からの直行バスは石段街の一番下に着いたが、宿泊する旅館・横手館は石段街の上の方にあるため、スケッチしながら石段を登っていくことにした。まず1枚目はおよそ200段辺りで。石段の真ん中にある黒い窓の中にはお湯の配管が通っており、覗き込むと温泉が勢いよく流れていた。  
 
 
   
  伊香保温泉街(渋川市伊香保町)2018.06.09    F6  
  石段街は不便そうだが、迂回する形で自動車道が通っており、石段の踊り場みたいなところまで車が入るようになっている。1枚目を描いた吉岡酒店の前の踊り場から横道に入ると、いかにも風格のある土蔵があった。壁の落ち方も気に入って、すこし暑いが日向に座って描いた。坂の上の食堂の幟に「おっきりこみ」と書いてある。残念ながら口にするチャンスがなかったが、太いうどんのような群馬の郷土料理だという。  
 
 
   
  伊香保温泉・石段街その2(渋川市伊香保町)2018.06.09    36×51㎝  
  伊香保温泉で宿泊する旅館は老舗の「横手館」で、365段ある石段のうち263段のレベルに建っている。上りながら数えたわけではなく、石段の所々に段数が表示してあった。初めて訪問する群馬県では上毛三山(赤城山、榛名山、妙義山)の姿も描きたいと思っていた。石段街を旅館と同レベルの263段まで上ったところで振り返ると、正面に見える山容がいかにも魅力的なので、むしろその山を主役にして描いた。方向から見て赤城山だと思っていたが、残念ながらこの山は「小野子三山」というそうである。その山の向こうにうっすらと見える山をせめて「赤城山」と思うことにした。  
 
 
   
  「伊香保演芸場」(渋川市伊香保町)2018.06.09    F6  
 
古い土蔵のとなりに「伊香保演芸場」という不思議な建物があった。いったん旅館に立ち寄り荷物を預けて、再び石段を下り、いらかぐみの皆さんとの集合時間までにこの建物を描くことにした。温泉街のいろんな楽しみを詰め込んだような施設だが、どうも営業している様子がない。「石段落語は休演中」との張り紙もあった。帰宅後調べたら、戦後すぐに建築された建物を改装し、2015年9月に落語などやる演芸場としてオープンしたらしい。「暴力追放協力店」などいろんな看板や張り紙などを楽しみながら描いた。




いらかぐみオフ会では、宿泊する旅館の建物も描くことが多い。しかし「横手館」は大正時代の建築という古さながら、綺麗すぎてどうもスケッチ意欲が沸かなかった。玄関右手の建物の2階手前の角部屋に泊まった。→→
 
 
 
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