兵庫県

竹田(朝来市和田山町)

竹田には素晴らしい城址がある。応仁の乱の少し前、山名宗全配下の武将が築き、豊臣時代に整備されたという山城の石垣がそのまま残っている。城跡に立つと眼下に竹田の城下町が広がる。竹田に城下町町割りができたのはずいぶん古いことなので、今の町並みは恐らく但馬と播磨を結ぶ街道町として発展したと思われる。「うだつ」を揚げた古い家々が数多く残っており、家具の町としても知られる。05年4月に合併で朝来市の一部となった。

竹田A(朝来市和田山町)06.09.24 36×51cm
竹田城址から見下ろした竹田の町が絵になると思い、再び出かけた。一番下の絵「竹田@」で右下に見える酒蔵へ直行した。このお宅の表側の主屋には立派な「うだつ」が上がっている。しかし、町の人によると酒造りそのものは昭和40年代にやめられたそうで、この酒蔵も今は使われていない。秋祭りに備えた祭囃子が遠くから聞こえてくる。真横にある踏切の警報機が鳴り出すと、やがて1、2両編成のディーゼルカーがのんびりとやってくる。私ののどかな気分を反映したのか、大きな秋空が主題のような絵になってしまった。





竹田B(朝来市和田山町)06.09.24 36×51cm
竹田城の城山を遠くから眺めると虎が臥せたような姿に見えるところから「虎臥(とらふす)城」という別名があるそうだ。線路際の酒蔵(竹田A)を描いたあと周辺を歩き回ると、城山が正面に見える路地に出た。山の上に城跡の石垣が見え、踏切など絵になる小物もそろっていて嬉しくなる。赤い壁の建物のところに物干し竿があったので、ついでに洗濯物も干しておいた。

竹田C(朝来市和田山町)06.09.24 F6
古い町並みを歩くと、手入れが行き届かずに放置されている建物に出会うことがよくある。その建物が豪勢な造りであるほど悲惨さがつきまとう。この土蔵もスケッチするには少々気がひける雰囲気だった。竹田の町を見下ろす高台に「表米(ひょうまい)神社」という魅力的な神社があって、相撲桟敷や土俵があったが、台風で裏山が崩れて土砂が流れ込み、修復がままならない様子だった。境内にある歌舞伎の舞台や立派な社務所も荒れるままに放置されていた。いずれもこの町が昔、大いに繁栄していた証である。

竹田@(朝来市和田山町)06.08.30 36×51cm
帰省のついでに竹田城址へ登った。天守台や二の丸跡から竹田の町並みがよく見える。竹田駅(播但線)にはディーゼルカーも止まっており、鉄道パノラマ模型の雰囲気もある。そのまま座り込んでスケッチしたい思いだったが、時間的余裕がないため、写真を撮るにとどめた。

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